『...A bude hůř』そしてもっと悪くなる

プラハ7区は国際列車も乗り入れるホレショヴィツェ駅近くで、チェコにあったようでなかった映画が上映されました。その名も『．．．A bude hůř』(=And It's Gonna Get Worse)そしてもっと悪くなる、という意味深なタイトル。
チェコのアンダーグラウンド系ミュージシャンたちがこぞって協力した、89年革命以前の若者たちの生活、そしてついにフランスへ亡命するまでの、限りなくドキュメンタリーに近いJan Pelc氏の小説をもとにした映画。作家自身もフランスへ亡命しています。

“La fabrique"という仏語で“工場”の名前がついた、聞いたことない映画館へ出向いてみると…。

まさに工場跡(その昔ビール工場だったらしい）に廃品っぽいソファや椅子が並べられた雰囲気ある(笑）会場。

しかしどんな状況だろうと、ビールはマストなチェコ人。ちゃんとバーコーナーがしつらえてあり、１６ｍｍの映写機とヤマハ製のスピーカーが古い洋服箪笥のようなものの上に完備。学園祭？と見まごう手作りテイストたっぷり。

し・か・も！　つまみは缶いわし(意外とイケますよ…笑）。考えた末の演出なら完璧。

トイレに行くまでの道は、なんでも清潔先進国(笑）出身者には恐ろしい光景。

といってもこれは演出（イヤ、お金がなかったのかもしれないけど）で、トイレはとってもキレイなことをラ･ファブリックさんの名誉にかけて申し上げておきます。

そして、この方のおっきな写真も。“プラハの春”後の“正常化”時代のシンボル、フサーク大統領。

そして興味深かったのが、当時のポスターたち。その目的はともかく、グラフィック的にはなかなかお洒落なのを認めないわけにはいきません。こういうの描いてた人たちって今何しているのかしら。。。


労働者の祭典、メーデーのポスター。

この“VŘSR”というのは、“Velká Řijnová Socialistická Revoluce”の略で、英語でいうなら“Big October's Socialistic Revolution”というかんじ（※下記コメント欄に正しい表記あり）。当時のロシア革命を讃えたスローガンで、実際は11月なのにどうしてここでは10月になってるのかというと、ヨーロッパの暦とロシア暦がズレているからなんだそう。ま、ズレてるのは暦だけじゃなかったようだけど。

チェコ（※当時はチェコスロヴァキア）の第二次世界大戦後のつかの間の平和で充実した時代が終わりを告げた、運命の時、1948年2月の共産党政権誕生を讃えるポスター。

ろうそくの灯りが揺れる中、映画が始まりました。
この映画、サントラも出ていて、ビロード革命までの人々の精神的支えにすらなっていたアンダーグラウンド･ミュージシャンたちの音楽が聴けます。Plastic People of the Universe(PPU)のSaxのひとも俳優として登場、オープニングはPPUのカリスマ、M.フラブサ、エンディングも彼とDG307のP･ザイーチェックとのデュエット。最近になって秘密警察への協力がバレたニセモノ、J・チェルトの名前もクレジットされていて、音楽そのものの好き嫌いはあるにせよ、話題性は十分。

映画の上映後、俳優さんのひとりがこの映画が出来るまでのいきさつなどを話してくれたり、そして当時の若者たちの状況を自分の体験を含めて語ってくれたこの方も登場。

現カレル大学社会学部教授のイジナ・シクロヴァー(Jiřina Šiklová)さん。ちょうど30年前になる、『憲章７７』にもサインした彼女は、刑務所に入れられた経験も、仕事を追われ掃除婦をしていた経験もある、体制からのいわゆる睨まれ組のひとり。ビール片手にわかりやすく映画のシーンを解説してくれるのでした。

会場には89年当時まだ幼かったであろう若者たちも多く来ていて、気になったのは彼らの集中力がないこと。前で人が話してるのに大声でおしゃべり…同じく気にしていた主催者の人が何度も注意していたのを見て歯がゆい気持ちに。ビロード革命前ならゼッタイこんなことはなかったはずで、でも彼らのジェネレーションにとっては過去のかわいそうな時代でしかないのかもしれません。最近のPPUのコンサートも、集まった聴衆から圧倒的に聞こえてくるのは英語という現実があるし。

それでもこうして夜遅くに、ギャラなど出ていないであろうところに教授が来て話したり、という地道な試みをあちこちで続けているのには、危機感がまだあるからだと思います。体制が逆戻りすることはないにせよ、チェコの共産主義者たちは、かつて彼らが政敵にしたようには抹殺されていないのです。

よほど注意してみなければ入口を示す落書き？を見落としてしまうラ･ファブリックにて。http://www.lafabrika.cz