“chobotnice”の危機〜新国立図書館のゆくえ〜

“たこ”はどこへ行く?


カレル橋の旧市街側向かいに、イエズス会プラハにおける中心地として設立されたクレメンティヌム(Klementinum)という巨大コンプレックスがあります。

この中に現在、チェコ国立図書館が入っているのですが、手狭になっていることと、ここを空けて違うことに使いたいという思惑もあって、新国立図書館のための準備が着々とされてきました。新しく建物から建設するため、コンテスト形式で案を募り、世界中から350ほどのアイデアが出されたのですが、最終的に決定したのがこれ。

[Photo from:MF Dnes/Mr. Lukáš Bíba]
プラハ生まれ、イギリス在住のヤン・カプリツキー(Jan Kaplický)氏の、愛称ホボトニツェ(chobotnice)こと、“たこ”図書館。最初見たときはそりゃあギョっとしました。が、窓が目のようになってたり、単なる本の貯蔵場所というんじゃなくコミュニケーションも考えたコンセプトなど、聞いてみればなかなかステキ。審査員たちも最後は満場一致でこの案を採択したのです。
ですが、斬新すぎるデザインに加えて、プラハ市が用意している候補場所がプラハ城からも近いレトナー公園の端、地下鉄A線のフラチャンスカー(Hradčanská)駅そばのシュペイハル(Špejchar)というところだったので、決まったそばから物議を醸してはいました。

現在のシュペイハルは、トラムの引込み線があって郊外へいくバスが細々と発着している場所。2010年完成をめどに工事準備に取り掛からんとしていた矢先、今週になってまたもや議論再燃。木曜だかニュースを見てたら、ODS(市民民主党=現在チェコ政府与党)の幹部が出てきて、あの案のままなら、プラハ市はシュペイハルの土地を売らないなどという横暴に出ました。

審査員の一人でもあったはずのプラハ市長、パヴェル・ベーム(Pavel Bém)氏もここへきて急に声高に大反対。「カプリツキー氏の斬新なアイデアには賛成だけど、場所があんな歴史地区のとこでは不幸。郊外のパンクラーツとかレトニャニィ、プロセックあたりが適当では」などと言い出しました。

テレビを見てたら、ロンドンにまで生中継し、困惑のカプリツキーさんも登場。

[Photo from:MF Dnes/Mr. Lukáš Bíba]
「私は建築家であって、政治家ではないから…」という彼の言葉に感じとれる誇りと当惑。チェコ人だけどイギリスに亡命した彼、自然物をモチーフにしつつ斬新なハイテク建築で名高いフューチャー・システムズというアトリエを率いる世界的に有名な建築家。彼のお父さんはチェコで有名なガラス作家で、ヴルショヴィツェ(Vršovice)にあるヨゼフ・ゴチャール(Josef Gočár)が作った教会のステンドグラスを手がけています。

チェコ出身の建築家であること、そして国立図書館として要求される様々な機能も見事に満たしたハイテクかつ予算もコンセプトもよく考えられた設計案で、チェコにとっては願ってもない計画だったはず。第一、正式な手続きを経て決定された事項なはずなのに、マトモな反対の仕方じゃないんでは。。。

しかも一番大反対してるのが、この方。。。

[Photo from:MF Dnes/Mr. Lukáš Bíba]
そう、ヴァーツラフ・クラウス(Václav Klaus)現チェコ大統領。そもそもデザインから気に食わなかったらしい彼が言い出したとたん、ODS(クラウス大統領の政党でもある)の面々が一斉にやかましくなりました。クラウス大統領は、「自分の体をもってしてもこの建設を食い止める」とまで言う始末。

いまさら「子供と一緒にプラハ城へ行って、聖ヴィート大聖堂からプラハの街を眺めたときに、あんな建物が目にはいるんじゃ」と感情的に話す政治家たち。
「大体国立図書館なる施設は通常、ちゃんとした国では首都の中心にあるもの。レトナーはプラハ城に近いといってもいわゆる歴史地区ではないし問題ない」と専門家の意見を淡々と述べていたのは、ハヴェル大統領時代からプラハ城に詰めている建築歴史家のズデニェク・ルケシュ(Zdeněk Lukeš)氏。

建築場所込みで決まったコトにケチつけて、デザインは素晴らしいと思うけど場所がよくないなどと言うのも噴飯ものながら、挙句の果て「もうちょっと小さくするか、色を変えてみたら」なんてトンデモ発言をしだす人までいて、これ聞いたときは椅子から落ちそうになりました。
建築の専門家は、それではカプリツキー氏の作品とも言えず、正式な審査を経た結果をバカにしてる、と怒り心頭。当然です。

一番気の毒な当事者とも言える国立図書館長のヴラスティミル・イェジェック(Vlastimil Ježek)氏は、この問題を解決に向けるために他の建設候補地も探していることを明かしました。
専門家の間でも意見は分かれていて、いつも斬新な建物にはとにかく反対!の「古いプラハを守る会」のベチコヴァー女史は意外にも反対はしていないよう。「最初はびっくりしたけど、レトナーに毎年来るサーカスのテントみたいね」と賛成?とも能天気とも取れるご意見。

ヴルタヴァ川沿いの、こちらも建設当時はだいぶ物議を醸したタンチツィー・ドゥーム(Tančicí dům)こと、踊るビルの共同設計者であるミルニッチ(Milunič)氏は、国立図書館は中心にあるべきとしながらも、マラストランスカーあたりがいいのでは、と当初から言っていました。でもまだ彼の意見のレヴェルなら納得できます。

こういうとき必ず意見を求められる元大統領、ヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel)氏ももちろん登場。

[Photo from:Lidové noviny/Mr. Ondřej Němec]
「ありきたりな建築だったら誰も困ることはない。去年、コンセプトもアイデアもないどうでもいい建築物があちこちたくさんできたけど、それは問題になってないようだからね。どうやらプラハ市はセンスってものがないみたいだね」とピシャリ。「ひとつの政党が文化までコントロールしようとする事態は、既に我々は40年ほどの経験がある…」とも。しかしこれでますますクラウス大統領が頑なになりそうな予感。

私自身は近所にこんな面白い建物ができること、新たな名所になるに違いないとワクワクした思いでいました。プラハ城から見た景観云々って言うなら、もっとそぐわない建物だって既に存在してる。千年にわたる古い建築物を大事に大事に、他国に占領されても大事にしてきた歴史には頭が下がるけれど、同時に「建築博物館の街」の名に恥じないためのこれからだってある。見た目ももちろん大事だけど、見ただけじゃわからないことこそ考慮されるべきだとも。ダンシング・ビルだって大反対されたそうだけど、あれは今や完全に成功例だと思うし。ここへ建設すること前提に、錚々たるメンバーの審査員・専門家達が決めた結果を尊重するべきだと思います。ダダこねて決まってたことが覆るって、日常でも度々経験(もっと小さなことだけれど)するこの国。それでいい目を見るときだってあるけれど、おかしいなとやっぱり思う。。。