イジー・メンツェル(Jiří Menzel)監督最新作、“Obsluhoval jsem anglického krále”

フラバルが通った“黄金の虎”入口


ちょうど10年前の今日、プラハのとある病院の5階(日本式にいうと6階)の窓から、鳩にえさをあげようとして不運にも(それとも故意にか、は未だに謎)落下して、その人生を終えたチェコの作家がいました。

この有名な作家、ボフミル・フラバル(Bohumil Hrabal)の小説『Obsluhoval jsem anglického krále』(I served the King of England, 日本語だと“私は英国王に給仕した”)が、名コンビのイジー・メンツェル監督の手で今年ようやく映画になり、先月10日、ナ・プシーコピェ通りのスロヴァンスキー・ドゥームの映画館でプレミアがありました。

プレミアに先行して、スロヴァンスキー・ドゥームの前に次々と豪華なリムジンで乗り付けた監督、俳優たちがインタヴューに答え、本物のらくだも登場したりして、ハリウッドさながらの華やかな雰囲気のイヴェントもありました。

でもこの原作が映画になるまでは、難儀で長い道のりでした。フラバルが書いたのは1971年、でも当時のいわゆる“正常化”体制下のチェコスロヴァキアで発行できるわけもなく、80年に外国では出版されたものの、国内で正式に日の目をみたのはビロード革命後。長い間映画化を考えていたメンツェル監督も、盟友の10周忌を間近にしてこの日を夢見てきたことでしょう。

フラバル+メンツェルのコンビは、『厳重に監視された列車』(Ostře sledované vlaky, 1966)でアカデミー外国語賞をとっています。

待望の映画にふさわしく、豪華で国際的な俳優陣。主役のJan Dítě役はブルガリア人のIvan Barnev、恋人役はドイツ人のJulia Jentsch、俳優としてハンガリーのオスカー監督、Istvan Szaboも出演。メンツェル監督の『スイート・スイート・ヴィレッジ』(Vesničko má středisková, 1986)のスロヴァキア人俳優Marian Labuda、シュヴァンクマイエル最新作『Šílení』で怖い医者役だったMartin Hubaなどなど。そして意外なところで、チェコのロックグループ、“Monkey Business”のヴォーカリスト(白人のメンバーの中で唯一の黒人女性)Tonya Gravesがあっと驚く変身で小さな王様役を好演しているのも見どころ。

でも何故この映画がオススメなのかといえば。。。
一人のちょっと背が低いけどかわいく、抜け目がなく、でも魅力的な主人公、給仕のヤンを通じて、チェコの20世紀前半の怒涛の歴史が、怒涛なのに実に淡々と、でもリアルに伝わってくるから。

さて最近、あまりにも有名なホスポダ、ハヴェル元大統領とクリントン米元大統領も訪れたというウ・ズラテーホ・ティグラ(U zlatého tygra=黄金の虎)にようやくデビューした私(笑)。ホスポダ、と呼ぶのがはばかられるような歴史あるホスポダなのですが。。。


店内にある、あまり上手とはいえないこの絵に描かれた人物がまさに、ここへ通って、ここで小説を書いたフラバルなのです。

夜は常連さんが通っているので、一見さんは15時の開店〜17時ぐらいに訪れると(※少人数で!)座れるかもしれません。少し温度が冷たい気がしたけれど、サーバーがよく掃除されてる、と実感する澄んだ味がして、やっぱりとても美味しかった!


ある時はビールを、見たことないようなご馳走を、芸術的にサーブする主人公のヤン。彼と共に、街にあふれるドイツ語の看板をつけたりはがしたりするのを見ながら、時には夢のように、地獄のように、地獄の中でも夢を見ているように、重大なチェコの歴史の瞬間なのにすごーくマヌケな個人的瞬間を過ごしてみてください。映画館へ行く前に、少しだけ20世紀のチェコの歴史年表を頭にいれてから。

すると本当にこういう人生が、小説より奇なり、の人生を送ったチェコ人たちが、誰に発表するともなく今も淡々とこの地に生きているに違いないと実感できます。まさに人生の幸福は不幸の隣に、そして不幸の隣に幸福が潜んでいる、というように。ちょうど、こんなビールの泡ごしに。