プラハのカフェ黄金時代

プラハがコーヒーの香で包まれていた頃


皆さま、ご無沙汰しております。雨だったり雹が降ったり、朝は春の気配だったのが、夕方は真冬の寒さに逆戻り、とか、そんな予想のつかない日々。今年かなり早いイースターを迎えるプラハでは、今月一杯イースターマーケットが主な広場でオープンしています。

春の訪れを告げる愛らしい黄色の連翹、チェコ語で“黄金の雨”という意味を持つzlatý déšt'が満開。
さて発端はといえば、少し前にこんな興味深い本が出たのです。

ホスポダはもちろん、カフェにも目がない私。学校の帰り道、旧市街の本屋の軒先で見かけ即ゲット。イラストや写真満載の、19世紀末から20世紀前半にかけてのプラハのカフェの黄金時代がたっぷり詰まった本。

ウキウキして読んでいたら、さらにこれ。

今週12日の水曜日からプラハ市博物館で「プラハのカフェとその世界〜丸テーブルとカフェの香りに包まれた20世紀前半のベル・エポック〜」と題した展示会が、この本の出版にあわせて始まりました。プラハの老舗カフェのひとつ、ルーヴル(Louvre)が当時のカフェも博物館内に再現するとあっては、行かなくちゃ。

というわけで宿題も放っぽって、地下鉄B線(黄色)はフロレンツ下車、バスターミナルからも程近い、わりと地味めなこの博物館へ。

レトロな壁掛け黒電話の後ろには、当時の電話帳の“kavárna"(カヴァールナ、チェコ語でカフェのこと)欄が壁紙代わりに。

ボタンを押すと主だったプラハのカヴァールナの場所がマップに点灯され、さらにここの電話でお目当てのカヴァールナへダイヤルすると、もれなくそのカフェにまつわるお話(チェコ語のみ)が聞けるというしくみ。



館内は古き良き時代をしのばせる夢あるディティールに溢れています。




今でもプラハのカフェでは、チェスとかトランプとかしながら、のんびり過ごすプラジャンをよく見かけます。

どうやって振るのかサッパリわからない2次元サイコロ。


ホスポダでオセロやったことはあるんですが…流行るかしら?

例の本にも載っているカフェにまつわる絵やイラストがたくさん展示されていますが、なかでもこれは必見。

チェコ人の画家、ヴィクトル・オリヴァの「アブサンを飲む男」。この絵、現在もあのカフェ・スラヴィア(Kavárna Slavia)にあって、スラヴィアのシンボルになっています。
アブサン(absinth)といえば、多くの国で禁止されてる緑色のキケンな奴。プラハではそのへんで普通に売ってます。博物館内に展示会の期間限定で作られたカフェでもオーダー可能(29kč、約180円)


この新聞も当時風に作られた展示会限定オリジナル。40kčで買えます。

店内のあちこちに置かれているレコードプレーヤや蓄音機も見もの。


ドロっとした重たいヨーグルトのような口当たりの温かいチョコレートドリンク、チョコカーヴァ(čokokáva)39kčと、生クリーム付きラクヴィチカ(縁起でもない“お棺ちゃん”の意)を注文。

ウトペネッツ(utopenec“溺れたヒト”という意味のソーセージ…)とか、ブラックユーモアもたいがいにしろっていうネーミング多し。その名に似合わずこのラクヴィチカ(rakvička se šleháčkou, 15kč)、甘くて軽〜いお菓子。

こんなかわいらしいお客様もお出ましに。チャペックが『ダーシェンカ』で嘆いてたように子犬を写真に収めるのってナンテ難しいんでしょう(ボケ写真のイイワケ)。


「アンタ、これ、どこかわかる? コレは絶対撮るべきよ」とたどたどしい英語で、でも目をキラキラさせて命令してきたチェコ人のおばあさん。この写真の時代に通っていたのかな。市民会館こと、Obecní dům内のカフェ。

そして伝説のユニオンカ(Unionka)。1949年に営業を停止したこの伝説のカフェを有名にしたのは、その美味しいコーヒーでもなく美しい建築でもなく、ひとえにそこへ通った人たちのためでした。コミュニズムの時代の幕開けとともに、雰囲気は全く違ったものになってしまったのだとか。18世紀初めにプラハにやってきたカフェは、およそ200年後、民族復興運動とともに最盛期を迎え、象徴的なユニオンカの閉店とともにその黄金時代の終わりを見るのです。

年配の方が食い入るようにじっと写真を眺めているのを見ると、きっとリアルタイムだったのだろうな、と想像したりします。

このユニオンカやパヴェル・ヤナーク(Pavel Janák)のCafé Hotel Julisなど、残念ながら現存していない憧れのカフェはあれど、ビロード革命後のスラヴィア復活を始め、私がプラハに来てから改築を終え再オープンしたのをざっと数えるだけでも、カフカプラハのドイツ語(あるいはイディッシュ語)作家たちが集ったKavárna Arco、 モザイクで埋め尽くされた店内が圧巻のCafé Imperial、ランプからハンガーまでキュビズム三昧な、キュビズム博物館内のGrand Café Orientなどなど、第2のカフェ黄金時代となりそうな予感。プラハのお気に入りカフェの一部をざっとご紹介。


出版社もやってるカフェ・リプカ。


時々コーヒー豆買ってるエベル・カフェ。



何度訪れてもため息の出る美しい階段を持つキュビズム・カフェのグランド・カフェ・オリエント。

言わずと知れたカフェ・スラヴィア。


旧市街はヨゼフォフ地区にあるカフカ・カフェ。


18世紀初頭、プラハで最初に定期的にカフェが売られた場所、“黄金の蛇(U zlatého hada)”の家。ダマスカスからやってきたアルメニア人がウィーンを経由してプラハへコーヒーを伝え、現在のカレル橋のたもと、“三匹の駝鳥(U tří pštrosů)”レストランがあるところに1714年、最初のカフェを開きました。まもなくこの“黄金の蛇”の家にもカフェができ、時を経て21世紀の今もレストランになっています。


見事なモザイクの内装と名物ドーナツが有名なカフェ・インペリアル。




ハシェクがコーヒー代の代わりに面白い話をして勘弁してもらったといわれるカフェ・モンマルトルは私の大好きなカフェのひとつ。


ゴハンもケーキも美味しい♪カフェ・サヴォイ。


ハヴェル元大統領のお祖父さんが設計に関わったルツェルナ・パラーツ内にある映画館の下のカフェ・ルツェルナ。

この展示会、今年の8月末までやってます。プラハ在住の方にはもちろん、しばし滞在される方にも強力におすすめ。博物館を出た後は、実際にプラハでお気に入りカフェを見つけてみてください。

プラハ市博物館(Muzeum hlavního města Prahy)☆
“Pražské kavárny a jejich svět”(プラハのカフェとその世界)
地下鉄B線・Florenc(フロレンツ)下車、徒歩1分。
URL:http://www.muzeumprahy.cz
開館時間:火〜日9:00〜18:00(月曜休)期間:2008年3月12日〜8月31日
入館料:大人100kč(約600円)/学生40kč(約240円)/撮影料50kč

クラウス大統領再選…そしてタコ“chobotnice"は途方に暮れる

タコは再びどこへ行く?


風がめっきり冷たい最近のプラハで、ほかほかの笑みを浮かべているのは15日の金曜日、チェコ大統領に再選されたヴァーツラフ・クラウス(Václav Klaus)大統領。ギリギリ過半数の141得票で、向こう5年、最後の大統領任期を担うことになりました。

スロヴァンスキー・ドゥーム(Slovanský dům)内のKogoレストランでワインでお祝い(ODS=市民民主党と大統領で割り勘)したんだとか。

本題はコレじゃない(キッパリ)んだけど、2月8日から始まったチェコの大統領選のしくみを少し。立候補は40歳以上のチェコの選挙権ある人なら誰でも可なのですが、選ぶのは上下両院議員。つまり間接選挙です。今回は再選を果たしたヴァーツラフ・クラウス氏、ČSSD(社会民主党)や緑の党が推したミシガン大学の経済の教授、ヤン・シュヴェイナル(Jan Švejnar)氏(55)との一騎打ちでした。

ギリギリまで「どっちにしようかな〜」をやってた共産党(KSČM)はEU議会のヤナ・ボボシーコヴァー(Jana Bobošíková)さんを担ぎだしたものの、直前で彼女が辞退、で結局前出の2人で争われました。

選挙は3段階に分かれていて、まずは上院(定員81)下院(定員200)それぞれで議席数の過半数をとった候補者がいれば勝ち。いなければ第2ステップへ続きます。それぞれの院で最多得票した人を選出して、もう一度投票。上下院別にカウントしてどちらも出席者の過半数の票をゲットした候補者がいれば、その人の勝ち。いない場合は第3ステップへ。今度は上下院合わせて出席者の過半数を得票した人が勝ち。この3ステップ目でも決着を見ない場合は、また最初からやり直します。で選挙初日の8日には決まらず、15日まで持ち越したというわけです。

クラウス有利といわれ続けた(そして最終的にやっぱり勝った)今回の選挙、それでもシュヴェイナルさんも最後追い上げ、けっこう頑張りました。選挙直前に近所の映画館へ来たシュヴェイナルさんに市民があれこれ質問する、という会があり、のぞいてみたら。。。

普段常にガラガラの映画館が満席。

レポート用紙に質問事項をきっちりまとめてきたあっぱれなご老人も。どこかの先生風でした。



シュヴェイナルさんを推していた緑の党マルティン・ブルシーク(Martin Bursík)氏も来てました(上記写真左)。で、彼と話してるおじさん、どっかで見たと思ったら、ラドゥーザRadůzaのコンサートで後ろに座ってたおじさん! とうとうとラドゥーザがいかに素晴らしい歌手かを私に説明してくれた(CDパンフにも書いた違法ロックコンサートで逮捕されたそのおじさん)ご本人でした。こんなところで再会するとは。

毎度ボケボケ写真ですみませんが、ひとつひとつ丁寧に受け答えするシュヴェイナル氏、とても感じのいい人でした。「共産党政権がイヤで亡命(シュヴェイナルさんはアメリカに亡命、アメリカ国籍を持っているチェコ人)したのに、選挙だからって共産党の支持を仰ぐのはどうなんでしょう?」というような質問も文字通り面と向かってするチェコの人たち。なかなか活発な質疑応答が繰り広げられていました。

誠実に答えてはいるんですが、旦那はじめ、何人かチェコ人に聞いてみると、亡命して成功した同胞には何かと冷たい気がするここの人たちから、やはりイマイチ信頼されてる候補者とは言えなかったような。最初の亡命は彼がまだ10代の頃の話だから、彼に責任があるかどうかは疑問ですが、ヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel)大統領の時代には彼はブレインの1人としてチェコにいたのに、その後またアメリカへ戻ってしまったことも大きいみたいです。“彼は2度チェコを捨てた”と表現する人も。。。今回の選挙まで名前を知らなかった人(私も含め)も多かったでしょうし。

今年1月末日から公開されているハヴェル元大統領を追っかけたドキュメンタリー映画、「Občan Havel」(市民ハヴェル)にもシュヴェイナル氏は登場してます。あ、もちろんクラウス大統領も登場していますよ。わりと重要な役どころで(笑)。でも感想はまぁまぁ、というところ。期待が大きすぎたのかも。旦那は「ちょうどこの大統領選の前に公開だなんて、ちょっとやりすぎ(映画の内容も含めて、クラウス氏に対して、の意味)なんじゃ…」と言ってましたが、ベルリン映画祭へ出品するスケジュールの都合もあったのでしょう、きっと。

で本題の“chobotnice”の危機その後、の話。以前書いたとおり、残念ながら建設はペンディング中。ウンプルムなどが中心になって「レトナーLetnáにホボトニツェ(=タコに似てる新図書館デザインの愛称)を!」の嘆願書まで作られたのですが、すっかり暗礁に乗り上げています。もうこれには強力に大反対!なクラウス大統領が再選されてしまったからには、ますます実現は遠のく一方。こっちのほうがハッキリ言ってプラハの将来に関わる問題だと思います。

昨日ルツェルナ・ミュージック・バーLucerna music barで急遽、Chobotniceをレトナーへ!のコンサートが開かれることになり、支持するミュージシャンたちが集いました。入場料は50kčぽっきりだから全くボランティア出演。でもなかなかに豪華メンバーでした。

たくさんミュージシャンが出演したので、紹介はまた別の機会に。で、もちろんこの人が登場!

生カプリツキー(Jan Kaplický)さんを間近で見れて嬉しかった〜! だって長身ですっごくカッコイイんですもの(ポッ)。

毎年56,000冊も蔵書が増えているという国立図書館、館長のヴラスティミル・イェジェック(Vlastimil Ježek)氏は全くはじめっからコンペティションをやり直すことも検討し始めたという話ですが、カプリツキーさんのタコ図書館は向こう50年困らない(地下を最大限活用する)設計、それなのにお目当ての本が3分で探し出せるのだとか。


ミュージシャンやスタッフ、お客さんの多くも着てたこのホボトニツェTシャツが超カワイイ。

もちろん私もゲット(300kč)しました♪ キュビズムTシャツとともにお気に入り。幻とならないことを切に祈るばかりです。

スターバックスあるいはプラハ的冬の飲み物 První Starbucks v Praze aneb pražské zimní nápoje

スタバのプラハ・マグカップ


比較的寒さが和らいでいるプラハ、ダウンジャケット以外のコートも着られるようになり、ちょっと嬉しい今日この頃。日中気温が10度を上回った本日、めでたくも待望のスターバックスプラハ第1号店がオープンしました。

いやはや、もう前々から新聞やテレビでけっこうな話題になっておりました。犬も歩けばスタバにあたる日本のみなさまからしてみれば、何をいまさら、でしょうが、プラハ的には、そのなんというか苦節19年、やっと資本主義が板に付いてきた、という象徴のような気がしてしまって。

だって日本のどこかでオープンしても、もうその場にプロのカメラマンさんとかいないでしょ?

日本では取り立ててスタバファンじゃなかった私もおいしいコーヒーを求めていざ入店。シアトルでの研修もしてるらしい、と噂だったので「サービスもちゃんとスタバなんでしょうね?」という、ちょっと小姑根性で様子を見に行ったわけです。案の定、長い列。とそこへ…

ショコラのサービスが! しかもナイス・スマイル付き〜。いやぁ、驚きました。本気出せばそんな楽しそうな笑顔ができるんじゃないっ。


ピカピカのガラスケースの中には、サンドイッチやケーキ、クッキーなどが美しく並んでいます。

今日は食べなかったけど、ブルーベリーのヨーグルト(55kč、約350円)が美味しそう。

そしていよいよ注文の番がまわってきました。

カウンターの向こうでテキパキ働くのは、なぜかみなさんハンサム揃い。カフェ・ラテの一番小さいの、と頼んで(でも商品名は“Tall"で75kč→約470円也)お金を出そうとするも、お兄さんから「クリスチャンネームは何て言うの?」と聞かれるではありませんか。

目をじっと覗き込んで聞かれたのでドキドキしてしまいました〜(バカ)。なんてことはない、おそるおそるスペルを告げるとマジックでコップに書き書きしています。そうです、間違わないための予防策というわけ。へぇ、ちゃんとしてる!!とまた驚き。

チェコ共和国ネーム入りオリジナルタンブラー。

さて肝心の場所ですが、マラーストラナ(小地区、Malá Strana)の中心地、マラーストラナ広場(Malostranské náměstí)のトラム停留所真ん前にあります。

路面店ですが、地下フロアもあります。

この地下フロアへ降りるところに、ひそかにこんな写真と、元々の建物の壁の一部が残されています。

古い建物の歴史を大事にするチェコ、改築しても一部をオリジナルで見せたりする粋な計らいを度々目にします。


すぐ後ろは聖ミクラーシュ教会の大きなドーム。

で、2号店はどこになる予定かというと…

去年の10月末に共和国広場にこちらも鳴り物入りでお目見えした中欧屈指の規模を誇る、新しいショッピングセンター、パラディウム(Palladium)の中。
地下1Fのこのガラス張りの、そんなに広くないカフェがスタバに変わる(2月末オープン予定)とのこと。

ちなみにこのショッピングセンターの場所、元々は修道院、その後は軍隊駐屯所として長く使われていました。目を引く派手なピンク色の建物ですが、これでも昔の建物にわりと忠実に再現しています。

そしてこのパラディウムの入口では、こんなデスクが目にとまります。この軍隊駐屯所に勤めつつ、有名な劇作家でもあったヨゼフ・カイェタン・ティルがここで書いた戯曲から、現在のチェコ国歌『我が家(祖国)はいずこ』(Kde domov můj?)が生まれました。

チェコの普通の人たちにとって決して安くないスタバですが(75kčといえば、安いレストランでランチが食べられる値段)、プラハは外国人も多いし、実際今日の限られた時間の店内からチェコ語じゃない言葉のほうが多く聞こえた気がしたので、こうした在住外国人、旅行者に支えられて着実に増えていくものと思われます。

スタバにコーヒー買いに行けて便利になったけど、ちょっと煙たいプラハのカフェも捨てがたい。

劇場付属のカフェとか、サービスの良し悪しは運任せだけど、その放置っぷりだとか常連さんの醸しだす雰囲気だとか、お芝居の非日常体験がカフェにまで染み出てきてるような心地よさがなんとなくあって。。。ミルク付きエスプレッソ(Espresso s mlekem)には、たいてい小さなクッキーがついてきます。

ラム酒のお湯割りにレモンをたっぷり絞っていただくグロッグ(Grog)は、風邪気味のときによくチェコ人が飲んでるもの。私は風邪じゃなくても寒いときよく注文します。

スヴァジャーク(svařák)こと、ホットワインはクリスマスマーケットが終わっても、普通にカフェの定番メニュー。


サービスがよくないとよく聞くけど、やっぱり好きなカフェ・スラヴィア(Kavárna Slavia)。すいてる朝食タイムが断然おすすめです。写真はマッシュルーム入りオムレツ。チェコのきのこはいけます。

ビールは年がら年中飲んでる国ですが。。。ルツェルナ・パラーツ内にあるここは、テーブルでセルフサービスで注げるビアホール。最初は泡だらけになってしまうものの、なかなか注文に来ないイライラを感じずに済むスグレモノ。


でも今冬一番私がハマってるのは友達から教えてもらったアルジェリア・コーヒー(Alžírská káva、アルジールスカー・カーヴァ)。たっぷりの生クリームに卵のリキュールがかかっていて美味しい♪ いろいろ試したなかで、いつ行っても混んでるのが玉にキズだけどトラフィカのが一番お気に入り。

♪のだめカンタービレ2008新春スペシャルin Europe♪

欧州スペシャルはパリ&プラハロケ


去年プラハを訪れた方々、あるいは在住の日本人の間で、ホントによく話題にのぼった「のだめカンタービレ」。
二ノ宮知子さんの漫画が原作のこの音大ラブコメ、2006年の月9枠でドラマ化されたのですが(今更説明もヤボでしょうが念のため)、玉木宏さん扮する“千秋”が幼い頃住んでいたのがプラハという設定なため、第1回放送の回想シーンで定番プラハ観光スポットが出てきます。“エースをねらえ!”が放映されるとその年のテニス部員が増える仕組みと同様、「のだめ…」でピアノを習い始めたっていう向きも多いんだとか。

明日から二夜連続(フジテレビ1月4、5日21:00〜)で放送予定のヨーロッパスペシャルのロケが去年11月頭にプラハであったので、リアルタイムで見れないけどビデオ楽しみにしています♪
というのもエキストラで出たからなんです。私じゃなくて、ウチの義母が(笑)。いまだ彼女はドラマのタイトルすら知らないと思いますが(笑)、なぜか玉木さんのサインと写真もしっかりゲットしてきてました。プラハロケは主に千秋の指揮シーン、つまり大勢の観客エキストラの1人なので発見は難しいと思いますが、日本からブツが到着したら一緒に鑑賞したいと思います。

ということでプラハ・ロケの関連スポットをちょこっと紹介。

プラハ中心のヴァーツラフ広場から程近くの、ミール広場(náměstí Míru)。写真の聖ルドミラ教会の裏に、Národní dům na Vinohradechというネオ・ルネッサンスの壮大な建物があります(教会で隠れて見えないけど)。1894年から地域の文化活動に(コミュニズム時代はチェコ国鉄文化施設として)使われた歴史ある建物。今は会議、貸事務所、ダンス教室、コンサート、結婚式など様々に利用される多目的コンプレックスになってます。最近ではThe Manhattan Transferがライヴやりました。時々Jazzのライヴなどをやってるので、建物内に入ることも可能(Box Office open月〜金、9:00〜11:30,12:00〜16:30)

[photo from the site of Národní dům]

主演の“のだめ”こと、上野樹里さんのサイトにこの地下鉄駅náměstí Míruの写真が載ってました。


ここの駅には、プラハの地下鉄いち長いエスカレータ(87.2m)があります。
ちなみに、ここの広場のそばのスタンドで売ってるホットドッグ、おいしいのでお近くにお寄りの際はおすすめです(たかがホットドッグスタンドとはいえ皆同じにあらず)。

もう1軒(飲み屋みたいだけど)は、共和国広場のシンボル、市民会館ことオベツニー・ドゥーム(Obecní dům)。


プラハを代表するセセッション建築。隣はゴシックの火薬塔。ここから旧市街広場へと続くツェレトナー通りが始まってます。


毎年5月に催される「プラハの春国際音楽祭」オープニング会場のスメタナホールをのぞくとこんな感じ。


両サイドにロジェ席が並び、いかにも欧州!と圧倒される内装でクラシックファン憧れのホール。


ホール地下にあるクロークもゆったり。


市民会館見学ツアーに参加すると、ムハの絵が見事な市長の間を訪れることができます。


フランス時代と違い深いブルーが印象的。ムハが自分のルーツ(モラヴィア)を模索しだした頃。

市民会館も、ミール広場そばのNárodní dům同様、地域の文化コンプレックス。いくつかのレストラン、カフェ、バー、コンサートホール…。インテリアの細部まで美しいセセッションスタイルなので、プラハにいらしたら用はなくとも建物内をのぞいてみることをおすすめします。

そしてヴルタヴァ川のほとりにもうひとつ、忘れちゃいけない建物があります。チェコフィルの本拠地、芸術家の家ことルドルフィヌム(Rudolfinum)です。なぜなら千秋の尊敬する指揮者“ヴィエラ”先生は、ホンモノのチェコフィル主席指揮者(去年秋に引退)Zdeněk Mácal(ズデニェク・マーツァル)氏だったのですから。よく聞くと彼の英語に少しチェコ語なまりが。竹中直人さん扮するなぜかアメリカ英語なまりっぽいドイツ人、シュトレーゼマンよりいいけど(笑)。最初違和感があったけど、すっかり慣れてあげく登場が楽しみになっていたお茶目なシュトレーゼマン。竹中直人のすごさを改めて実感しました。スペシャルには出るのかな。

ついでながらルドルフィヌム内のカフェは秘かにお気に入り。いつ行っても人があまりいないし、応接セットと見まごうこの余裕!長時間粘ってもプレッシャーを感じないので、のんびり読書したり書き物する場所にうってつけ。私もここで時々靴脱いで(行儀わるっ)まったりしてます♪

今回のスペシャルin Europeはパリロケがメインなのでしょうが、日本にいらっしゃるプラハファンの皆様もどうぞお見逃しなく。

それでも新しい年はあける。

お父さんが大好きだった


クリスマスのことも書かないまま、年が明けてしまいましたが、みなさまお元気でしょうか。
去年のクリスマス前にあまりにも悲しいことが起こったので、ってこんな本来おめでとうを言うべき時期に全くそぐわないのですが、大事な家族の一員だった九官鳥を亡くしたので、何も力がわきませんでした。
しばらくずっと仕事か何か人前でしなくちゃいけない時は、操り人形のように何かが自分を動かしていた感じです。
まだ当分涙なしに見れないけれど、日本から一緒に来てずっと私を支えてくれていたので(これからもそうだと思うけれど)、思いっきり個人的なコトですが私のプラハチェコ日記としてここに少しだけでも写真を残しておこうと。。。


手の上でゆったりくつろぎ始めると、腰を落ち着けて座るのが常でした。ふわふわで柔らかくて、けっこう重くて、そしてとても暖かい。


PCに向かってるときは、PCのわずか1cmのヘリに上手にバランスをとって観察していました。


特に大好きだったお父さんの手。
また悲しくなるのでもうこのへんで(って書かなきゃいいんだろうけど、どうにも前に進めないので)。
一緒にしゃべったり遊んだり、好物の果物くださったり面倒見てくれたりした方々、本当にありがとうございました。

この悲しい話だけでアップしたくないだけのために(笑)、とってつけたようですがチェコの新年についても少し書きます。クリスマスもそうですが、3回目ともなると、いやはや…毎年変わり映えなく、大晦日の大騒ぎ→シャンペンか何かのお酒&カウントダウン→割られた瓶とゴミのおぞましい街(笑)→新年の花火、とまぁこんな感じ。

で1月1日は毎年恒例の大統領の年頭所感演説(Novoroční projev prezidenta české republiky)が午後1時からチェスカー・テレヴィゼ(チェコNHKみたいな放送局)であり、10〜20分の短い演説ながら、この1年のチェコの出来事(特に政治経済)をダイジェスト的に知るにはいい機会です。

プラハ城大統領執務室にて語るヴァーツラフ・クラウス(Václav Klaus)大統領の動画Česká Televizeも見れます(チェコ語)。
そしてチェコ語を勉強してる方には便利な、この演説のテキストはクラウス大統領のサイトで。テキストを見ながら聞けばよい勉強になるかも。英語での解説はここからどうぞ。

今年は2008年ということで、チェコの20世紀における歴史的ターニング・ポイントになった“***8”年に起こった出来事を振り返りながら、その歴史の結果である現在において、今後どうあるべきかを大統領として提案するという、なかなか洒落た構成でした。つまり、1918年(オーストリアハンガリー帝国からのチェコスロヴァキア独立)、1938年(ナチスの支配が始まったことにより先のいわゆる第一共和国が終わらざるを得なくなった年)、1948年2月の共産党勝利、そして1968年のプラハの春…。ビロード革命は1989年なのでこの8シリーズに列せられなかったものの、今年ならではの導入で国民をひきつけました。

もっとも野党(ČSSDのパロウベクさんとか)には中味がないなどと批判もされてましたが、演説として悪くはなかったんじゃないかなと個人的に思いました。内容に全部賛成はできないにしても。。。

今回はクラウス大統領の今任期最後の演説(つまり5回目にあたる)だったので、この5年を振り返りつつ、チェコはまだ目に見える問題もたくさんあるけれども、今までにない素晴らしい時代を体験している(特に好調な経済)のではないかと語りました。エネルギー関連、食料品などのインフレの懸念という曇り部分はあれど、近年の順調な経済成長は成功と言えるのではと、とても楽観的な意見でした。

演説の中でチェココルナが強すぎることにも少し触れていましたが、いやはやホントに強いのです。対ユーロは少し前までは1ユーロ=30コルナで計算していたはずが今や25とか26コルナ。対日本円も1コルナ6.3円ぐらいをウロウロしています。インフレに関しても食料品やガソリン、ガス、電気などに限らず、今年からトラムの20kč(乗り換え可のチケット)は26kčに(ということは30%の値上げ、観光客が主なターゲットの1日乗車券の類も軒並み値上がり)、最低郵便料金は7.5kč→10kčに、税金にしても保険がカバーする診察・薬代にしても、まぁ値上がらないものを探すほうが難しいんでは?という気になります。

同時進行でお給料も上がれば問題ないのかもしれませんが、こっちの値上がりはそうスムーズにいかず。さらに不動産もどんどん値上がっていて、安定を守るため今まで家主に家賃の値上げが法律で制限されてきましたが、2010年の後はどうなるかわからず、大幅な値上げが予想されます。で今から郊外に引越しを考え始めてる人も多いとか。

全般的に見渡して値段は西欧なみなのに、サービスの質が全然追いついてないんだけど。。。というのが私の正直な感想。このことに自覚的なチェコ人はもちろんいるけれど、社会全体の印象が変わるほどの多数派とはいえないかも。

ガイドブックに出ている様々な入場料だとかの値段が、最新版でももう古くなってしまってる、ということがここ数年は頻繁に起こりそうです。ベルギー人のクラスメートが、ユーロ導入のときに物価が2倍ぐらいあがったという印象だったと前に話していました。チェコも2012年より後になる見通しですが、そう遠くない将来ユーロ圏になることは間違いないでしょうから、もう東欧の安い国、というイメージは払拭しなければならない時代に入ったのでしょう。

今年2月8日から大統領選挙が始まり、再選を目指す現大統領と60年代にアメリカに亡命したミシガン大学の経済の教授Jan Švejnar候補が争います。Švejnar氏はチェコ人とはいえ長くチェコに住んでないこともあって、圧倒的にクラウス現大統領が有利と言われていますが。。。

先月21日には念願のシェンゲン条約も発効されて、実質的にシェンゲン加盟国間の国境でチェコ人はパスポート提示の義務がなくなりました。EU加盟時のときにも増して喜んでこの話をしているチェコ人を多く見かけましたが、例えばお隣のオーストリア国民の大半は、犯罪者も簡単に入国できるとしてこれを歓迎していない、というニュースも聞きました。2008年の今年がチェコの歴史の“***8”年として大きな変化があるとするなら、よい方向へと願っています。

みなさんの2008年も記憶に残る素晴らしい年になりますように。

もうすぐ3度目のクリスマス

もうすぐクリスマス!


日本もだいぶ寒くなったと聞いていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。プラハもちょくちょく雪が降り、とっても寒い! 最高気温でも3〜4度をうろうろ、最低気温はもちろんマイナス。ブーツ、タイツ、手袋、マフラー、帽子といった冬の小道具も欠かせなくなりました。

さっきTVを見てたら、チェコの北の山地Trutnovskoから28メートルのクリスマスツリー用の木がプラハの旧市街広場(Staroměstské náměstí)に運ばれてくるシーンが。以前ツリーの巨木が倒れたハプニングがあった(危なすぎっ)ので、設置には気をつけているとのことですが、木の幹を2mほど地下に埋め込むのだそう。

というわけでいよいよ日曜からはアドヴェント(Advent, 降誕節=クリスマスの4週前日曜日から始まる、いわばプレ・クリスマスの期間)の時期に入り、クリスマスモード全開に。旧市街広場のクリスマス・マーケットは今週土曜日(12/1)からだそうですが、地下鉄B線Anděl駅そばの小さなマーケットはもうオープンしていました。

1〜2人が入ったらいっぱいの小さな小屋形式のお店が並びます。

手作りレースの人形がクリスマスっぽい。

trdelníkという筒型の甘いパンのようなお菓子は、イースターの時も含め何かっていうとあちこちで売っていて、あまりありがたみがないものの相変わらずの人気商品。甘い香りで、つい私もひとつ。40kč(約240円)。

ヨーロッパの冬に欠かせないスパイス入りの少し甘いホットワインチェコ語で通称スヴァジャーク(svařák)こと、スヴァジェネー・ヴィーノ(svařené víno)もクリスマス・マーケットの定番。外の屋台なら40kč〜50kčぐらいが相場でしょうか。

もちろんカフェでもオーダーできます。これはカフカ・カフェで飲んだもの。体が温まるスヴァジャークは外でも中でもこの時期よく飲んでます。その他、屋台では焼き栗、アーモンドの砂糖がけ(これもお気に入り)などがクリスマス・マーケット定番のおやつ。

先週行ったチェスキー・クルムロフの広場でもツリーの設置シーンを目撃。

そしてプラハは共和国広場Náměstí republiky前に10月末オープンした大型ショッピングセンター、パラディウム(Palladium)前にもお目見えしたツリー。

そのすぐ前にある古色蒼然のデパート、コトヴァ百貨店の前のツリー。地味でもこっちのほうがいい!

近所のケーキ屋さんでも。

サンタさんがけっこうモダンな自転車に乗ってるのがカワイイ。


鉄子には垂涎ものの、こーんな愛らしいアドヴェント・カレンダーも見つけました。小さな引き出しにお菓子を入れて、毎日ひとつずつ食べるのです。こうしてクリスマスを心待ちにするんですね。
同僚チェコ人2人(30歳前半)に「今もクリスマスって楽しみにしてる?」と聞くと「うん!」という答えが。雰囲気とかクリスマス料理(鯉の唐揚げとポテトサラダ)がその主な理由だそう。鯉が街角で売られ始めるのはクリスマスも間近の頃。クッキー作り、今年は早めに取り掛かろうっと。


チェコのクリスマスの歌、vánoční koledy(ヴァーノチニー・コレディ)には好きな曲がいくつかあって、こないだヨゼフ・ラダ(Josef Lada)の表紙のクリスマス・ソング満載の古い楽譜を見つけました。


【Tavík František Šimon, Mikulášský trh na Staroměstském náměstí, 1915】
19世紀から続いてるというプラハの旧市街広場のクリスマスマーケット、今冬は2008年1月1日まで。ここの他、地下鉄A線Náměstí Míru駅の聖ルドミラ教会前のマーケットもおすすめ。どうせ寒いんなら3度目のクリスマスはこんなホワイト・クリスマスになるといいな。。。

ヨゼフォフ(プラハのユダヤ人街)でデモ

パリ通りでのデモ


チェコでは白い馬に乗った聖マルティンが雪を運んでくるといわれる通り、地方や山間の寒いとこはもちろん、プラハにも雪や雹が降りました。去年は一度も使わないで済んだダウンのコートを着ても外にいると底冷えします。今からチェコへいらっしゃる方は、スキー場の寒さを想像して服装を準備されるとちょうどいいぐらいかと思います。

さて、こないだの土曜日(11月10日)は前もって報道されていたとおり、極右勢力及びネオナチスト、それに反対するアナーキストのデモ、それと今年69年目にあたる「水晶の夜」(Křišt'álová noc、ドイツ語ではクリスタルナハト)ユダヤ自由連合の集会が同時にプラハの旧市街、かつてのユダヤ人ゲットーがあった周辺(Josefov地区)でありました。

外国からもネオナチストと目される人たちの参加が見込まれ、極右のデモにはいつもやってきて反対する極左アナーキストも同場所でデモをすることを表明。しかもこうした歴史的な記念日にユダヤ人街で、となるとどんな衝突、混乱が起こるかわからないということで、事前に裁判所でデモの不許可が言い渡されていましたが、極右グループは敢行することに。それを受けて警察は着々と準備していたようです。事前から約1400人動員予定と言っていました。

数日前には日本大使館領事部からも厳重注意のお知らせが、新聞にも冷やかしは警察のジャマなので控えるようにとのお達しが。当日旧市街で前々から予定していた用事があった私達はトラムは何かあったときもっと危なそうなので徒歩で行くことに。

チェフ橋に近づくと上空には旋回するヘリコプター、警官の姿が目立ってきましたが、止められることもなく静か。でもカレル大学法学部を過ぎてパリ通りに入るとものものしい警備。

スグリーンの警察の装甲車の奥に見える建物が、カレル大学法学部(pravnická fakulta)

インターコンチネンタル・ホテルとパリ通りの間には、極右グループの車が。

この車から控えめな音量で、音楽(特にこれといった特徴は感じられず…)が流れていましたが、見た目ネオナチっぽい人はいても目だっていませんでした。なぜなら、周りのほとんどはアナーキストと思われる人たちだったからです。若くて、服装や髪型はパンクバンドのライヴに行ったときに目にしたのと似た傾向。違うところは帽子やサングラスで顔や目をガードした人が目に付いたことでしょうか。

彼らは概して静かで、何か起こったら動こうとしているようでした。

通りはぎっしりというほど人がいるわけでもなく、観光客や住人が合間に普通に歩いていて、警察は、デモ参加者や私も含め通行人が遠巻きに写真を撮る分には気にしていないようでした。中には装甲車をバックにピースサインをして集団で記念写真撮ってる観光客もいて、警官たちが苦笑いというシーンも。

ところが突然法学部のあたりからピストルの発砲音がし(ガスピストルだったらしいですが)白煙があがりました。するとスタンバイしていた警官の一部が素早く走って現場へ。静かに待機していたアナーキストと思われる団体もそれを追いかけるように移動し、あたりは閑散と。


シナゴーグの前を歩く警官たち。



極右がデモ行進を予定していたパリ通り以西へ続く道は、全ての通りの入口が厳重に警官によってふさがれているようでした。

旧市街広場では、修理中のヤン・フス像前でユダヤ自由連合の集会が開かれていて、こちらは2000人以上が参加したとのこと。バンド演奏や関係者の演説などがあったようですが、私が通ったときはこちらも比較的静かでした。

胸に黄色いダヴィデの星ワッペンを貼ってる人を多く見かけました。ユダヤ人集会関係者以外の市民も参加していたようです。

結局翌日の報道などでは、2000年9月のIMF会議の際以来の大掛かりなデモと言われていた今回のデモを最小限の被害で押さえたので、「警察はよくやった」との言葉が多く聞かれました。
軽い怪我人は出たもののアナーキスト5人、極右1人、警官1人の計7人で済んだこと、総費用は1500万コルナ(約9千万円)かかったそうですが、交通に関してもトラムやバスなどもほぼ混乱は出なかった(個人の車1台、警察の車1台に被害があったのみ)こと、主にスロヴァキアやドイツからチェコの極右応援デモに駆けつけようとしたネオナチストグループを国境や郊外の駅などで拘束し、プラハ中心地まで来させなかったことなどが評価されたようです。

プラハ警察トップのPetr Želásko氏によると、結局このデモの参加者は極右(ネオナチ)3〜400人、極左アナーキスト)1000人、その他100人程度だったとのこと。まずは該当地区に入れさせない、という作戦が功を奏したようです。パリ通りのブティックなどは閉まっているところもあったけれど、(パリ通り以西のヨゼフォフ地区の状況はわかりませんが、ほぼ閉まっていたと思われます)、ほとんどの観光客は宿泊先からの情報を元にヨゼフォフ地区は避けていたはずですが、まばらにいた人たちも怖い思いをしないで歩けたのは観光地プラハにとっては重要だったでしょう。

週刊誌Týdenには、「青年国民民主連盟チェコの極右団体)代表のErik Sedláčekは、ドイツから来たネオナチたちにプラハの夜景を見せるためプラハ城へ案内したそうだけど、ドイツからの訪問者たちはそんなこと評価してないはず」とアナーキストのサイトで揶揄されていた、との記事が。デモに来ても一応観光とかするのね。。。というかデモ行進自体が思うように出来なくて、プラハに来たもののやることがなく、観光するしかなかったのかも。

でも今月17日(チェコの祝日“自由と民主主義のための闘争の日”)に今度はパラツキー広場で極右勢力のデモが予定されているとの情報もあり、警察は引き続き警戒していくとのこと。